INDEX
蓮沼執太の多彩、多岐にわたる活動のスタート地点
―蓮沼さんはデビュー作品を制作するにあたって、どんなことを考えていたのでしょうか。
蓮沼:当時はフィールドレコーディングをして、パソコンで音を出すことに熱中していました。デビュー作では楽器を演奏した音をあまり入れたくないと思っていましたが、結果的に楽器の存在に頼っている部分もあります。何らかの音楽的な思考とか意図があったというより、形にすることをすごく考えていましたね。
蓮沼:でも今考えると、空気が通ってる音としてフィールドレコーディング、空気を通さない音としてパソコンで作る音があって、そこにメロディーや旋律っていう自分の中から浮かび上がってくるものを混ぜるというか。そういうミックスされたものを作りたかったんだなと思います。で、時代はエレクトロニカなのでアウトプットは、エレクトロニカになったって感じです。
―佐々木さんは、どのタイミングで蓮沼さんの活動を認識されたんでしょうか。
佐々木:2007年ぐらいでしたかね。蓮沼君は当時NTTインターコミュニケーションセンター(ICC)でアルバイトをしてて、僕の親友の畠中実とのつながりで「音楽やってるんですよ」って聴かせてもらったのが最初かな。
僕自身はソフトウェアを使い倒して作られた音楽に飽き始めていた時期で、音源をもらって、レーベルやってる人として話をしたような記憶があります。
直感的に、「もっとメロディアスな方向性で、電子音楽だけど歌心があるものが蓮沼君はできる気がする」みたいなことを言って、『POP OOGA』(2008年)をHEADZで出すことになって。こんなに長い付き合いになるとは思わなかったですね。
蓮沼:僕もそう思います。