INDEX
笹久保伸は秩父の魔術性と、どのように「同期」しているのか

―笹久保さんは秩父の山奥に入り、民俗的風習などのフィールドワークを重ねていますが、山にはふだんひとりで入るのでしょうか。
笹久保:ひとりで行くこともあるし、友達と行くこともあります。民俗学のフィールドワークのときは撮影機材を持っていきますが、音楽を作るときはギターを持って山に入ります。ギターを何時間も弾いていると、うまく同期できる瞬間があるんですよ。同期できたとき、メロディーやフレーズが浮かんでくる。それをスマホに録音しておいて、あとで譜面に書いて曲にします。
―じゃあ、最初は無心で弾き続けるわけですか。
笹久保:その土地と同期するためにひたすら弾きます。といっても2、3時間ぐらいですけどね。それが本当に楽しいんですよ。風で枝や葉が揺れる音とか、いろんな音が聞こえてきて、少しずつ同期していくんです。音楽を弾いているだけなのに祈りの本質みたいなことを考えてしまうんです。自分自身が石仏になったり、仏になってしまう。
―その行為自体、ある種の瞑想みたいな感じもしますね。
笹久保:そうですね。僕が行くところは、もともと修験道(※)の修行場だったりするわけですよね。そういう場所でかつての修験者はお経を唱えていたわけですけど、同じ感覚になります。奉納演奏をしている感覚というか。
※筆者註:古来からの山岳信仰をベースとし、密教や陰陽道などが習合して形成された宗教の一種。秩父は熊野の修験道から強い影響を受けており、秩父三社のひとつに数えられる三峯神社の開山には熊野修験が深く関わったとされる。

―そうしたフィールドワークを繰り返す中で見えてきた秩父世界の特徴とは、どのようなところにあると思われますか。
笹久保:やっぱり音楽家としてはインスパイアされるものがある場所だと思いますね。秩父の信仰的なルーツである熊野にもたまに行きますけど、やっぱり似たものがある。このあいだ法性寺(※)の観音堂で演奏をしましたが、あそこもすごいところですよね。法性寺は秩父札所の32番ですけど、31番の観音院には即身仏の墓があるんですよ。そういうところなんです。
僕はもともと世の中で言われているスピリチュアルみたいなものとかけ離れているところにいた人間なわけで、年商何億円というとんでもない企業の経営者とかが集まる「スピ」系のセミナーみたいなものには全然興味がない。でも、秩父に住んでいると、違う意味でのスピリチュアルは身近なものでもあるわけです。
ある儀式にいくと、魔術的なものを感じるわけで、それって音楽の大きな要素でもあると思うんですよ。それを少しでも感じ取りたくて、その場所に行くんです。あそこで演奏していた人たちを都心のホールに連れてきて演奏してもらっても、同じものにはならないんです。
※筆者註:奈良時代に創建された曹洞宗の寺院。秩父34か所の観音霊場は「秩父札所三十四観音霊場」と呼ばれており、法性寺は第32番の秩父札所とされている。2025年10月に笹久保が奉納演奏をした観音堂は1707年に建立されたもの。
