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ディカプリオ×テイラー×ペン。ひと癖あるキャラクターたちがせめぎ合うPTA初の大作(長内那由多)
製作費1億3000万ドル以上、主演レオナルド・ディカプリオ、配給ワーナー・ブラザースによるアクション大作……らしからぬ座組に一抹の不安を抱き、絶賛評が相次いでもなお自身の目で確かめるまでは信じられないと緊張しながら座席についたのは私だけではないだろう。『ワン・バトル・アフター・アナザー』はポール・トーマス・アンダーソン(以下、PTA)史上、最もメインストリームな娯楽大作だ。おお、地を這うようなPTAのカーチェイスは本当に「速い」。撮れないわけはないと思っていたが、やっぱりPTAはすごかった!
巻頭、大音量で鳴り響くジョニー・グリーンウッドのストリングスと、鮮烈なテヤナ・テイラーの登場に観客は覚醒する。偉大な映画作家に偉大な映画音楽家の存在は付きものだが、PTAと通算6度目のタッグとなるグリーンウッドはこれまで以上に映画の生命線を握り、『ワン・バトル・アフター・アナザー』はさながら二重奏のようだ。物語は過激派組織「フレンチ75」が移民の強制収容施設を襲撃する場面から始まる。テイラー演じるペルフィディア・ビバリーヒルズの「おい、プッシー天国に昇天したぞ」という台詞に、劇中のショーン・ペンよろしく私たちはのぼせ上がる。PTAは主人公パット(レオナルド・ディカプリオ)とペルフィディアの蜜月を、めくるめく革命とセックスの高揚で描いていく。ほどなくして彼女は妊娠。多くの夢物語同様、子育てという現実が2人の革命に終わりを告げると、フレンチ75は瓦解の一途をたどる。テイラーの爆発的な存在感はスクリーンタイムにしてみればほんのわずかな時間に過ぎない。それでも2時間42分ものあいだ、感情的支柱として映画に漂い続けている。

時は流れ16年後。パットは名をボブと改め、娘を新たにウィラと名付けると国境沿いの町バクタン・クロスに潜伏していた。鮮やかなストーリーテリングはペルフィディアの精神がウィラへと引き継がれたことを、新人チェイス・インフィニティのファーストショット1つで観客に納得させる。本作が長編映画デビューとなるチェイスは昨年、AppleTV+のテレビシリーズ『推定無罪』でジェイク・ギレンホールとルース・ネッガの娘という、サラブレッドのような役柄をなんの違和感もなく演じていた。彼女の清廉さは本作のハートであり、2025年最大級のブレイクスルーと言っていいだろう(ひょっとしたらオスカー助演女優賞候補もあり得るかもしれない)。

ボブは娘に車の運転から銃器の扱い、秘密の合言葉まで仕込み、奇妙な発信機を肌身離さず持たせると、自身は酒とマリファナに溺れている。これまでダニエル・デイ・ルイス、ホアキン・フェニックスという最高峰の天才と組んできたPTAは、満を持してレオナルド・ディカプリオを主演に迎えた。絶えず移動し映画的スペクタクルを描出するカメラが止まると、変わって動き回るのはディカプリオの演技的反射神経だ。とある電話にボブはぎょっとする。フレンチ75からの「合言葉」だ。とろけた脳細胞を瞬時に繋ぎ合わせようとするディカプリオの演技は、ボブが窮地に陥れば陥るほどユーモアへ転じ、観客を笑い転げさせる。

潜伏中のボブとウィラを狙うのは、かつての宿敵ロックジョー大佐(ショーン・ペン)。16年前、フレンチ75を壊滅へ追いやった彼は、今はICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)と思しき組織で移民弾圧を一手に担っている。ロックジョーはもう1人の主役とも言うべき存在だ。己の理想を信じて疑わず、しかし同じくらい巨大な矛盾を抱え、尊大でありながら卑小。そしてマスキュリニティが膨張したかのような歩き方! ショーン・ペンは吹き出してしまうくらいグロテスクな悪役を嬉々として演じ、「怪優」の復活を示した。

ロックジョーの一大掃討作戦により、バクタン・クロスで移民と軍が衝突。姿を消したウィラを追ってボブは混乱のなかを駆けずり回る。PTAは製作費の全てを観客の目に見える形で的確に使い込んでいる(あの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』が製作費2500万ドルだったなんて信じられるか?)。群衆、車列、建物から建物へと移動し続けるカメラ……PTAにとって「大作映画」でなにが撮られるべきかは自明なのだ。
ボブがウィラの通う空手道場のセンセイ(ベニチオ・デル・トロ)に助けを求めると、映画は笑いとサスペンスの線上を同時に歩き、本作の一大シークエンスである逃走劇をグリーンウッドの奇妙なピアノがリズムを叩いて紡いでいく。ディカプリオは携帯電話の充電と思い出せない合言葉で四苦八苦しているだけなのに、信じられないくらいおかしい。終始眠たそうな目でメキシコ移民のハリエット・タブマン(※)を演じるベニチオ・デル・トロは、とぼけたユーモアで映画の裏打ちを叩いていく。「ボブ、勇気を出せ。トム・クルーズみたいにな(Like Tom Fkn Cruise!)」。
※奴隷解放運動家。黒人奴隷の逃亡をサポートする「地下鉄道」のメンバーとして知られる。

多くの傑作がそうであるように、『ワン・バトル・アフター・アナザー』も時代に呼応した映画だ。ぼけた白人男性たちが集まる秘密結社「“クリスマスの冒険者”クラブ」に、いったいどれほどの社会的影響力があるか定かではない。きっと彼らなりに筋の通ったものはあるのだろう。娘に「うちのパパはパラノイアだから」と言われるボブも、端から見ればどうかしている。世界は死ぬほどおかしな陰謀と、笑っちゃうくらいの希望に満ちていて、誰もが時代を変えられると本気で信じている。それでいいのだ。ボブは合言葉の一節「もうどうでもいい」を口にすると、自分たちの世代が失敗したことを認める。
フィルモグラフィー10本、どれを取っても「偉大な巨匠が絶頂期に撮った傑作」に見えるPTAだが、本作には子どもたちに希望を託す55歳の父親の顔がある。映画の中心に存在しながら、常に人間の空虚さを演じ続けてきたディカプリオが、最後に穏やかな表情を見せるのも泣かせるではないか。さあ、2回目、いつ観に行く?
『ワン・バトル・アフター・アナザー』

公開:10月3日(金)全国公開
配給:ワーナー・ブラザース映画
監督/脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
撮影:マイケル・バウマン、ポール・トーマス・アンダーソン
衣装:コリーン・アトウッド
音楽:ジョニー・グリーンウッド
出演:レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、レジーナ・ホール、テヤナ・テイラー、チェイス・インフィニティ
コピーライト:©️2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:obaa-movie.jp