松本潤が病気ではなく“人を診る”総合診療医を演じ、話題となっているドラマ『19番目のカルテ』(TBS系)。
富士屋カツヒト(医療原案・川下剛史)によるコミックス『19番目のカルテ 徳重晃の問診』(ゼノンコミックス / コアミックス)を原作に、医療ドラマの傑作『コウノドリ』シリーズ(TBS系)などの坪田文が脚本を手掛けている。
19番目の新領域として発足したものの、まだ広く世間にはその存在が知られていない「総合診療科」を描いたヒューマン医療エンターテインメントである本作について、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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日常のつながりを可視化するオープニング

『19番目のカルテ』のタイトルが表示されるオープニングには、毎話、小さな趣向が凝らされている。まず風に揺れるカーテンが、次にカーテンの下にある「総合診療」と書かれた書籍が映される。そして、魚虎総合病院に新設された「総合診療科」の診察室にいる、主人公の医師・徳重晃(松本潤)が映される点は第5話まで毎回共通している。しかし、そこから各話で変化が生じる。第1話では彼1人だったのが、第2話では整形外科から総合診療科へ転科した新米医師・滝野みずき(小芝風花)が部屋に入ってきて本棚にある資料を手にしている。第3話では小児科医・有松しおり(木村佳乃)と徳重が何やら話し合っており、第4話では徳重が机に向かい、外科医・東郷康二郎(新田真剣佑)が窓辺で本を読んでいる。さらに第5話では滝野と同期の内科医・鹿山慶太(清水尋也)が徳重を交えて議論している様子が伺える。
毎話、見続けている人であればお分かりだろうが、1話前の回で主軸となった登場人物たちと徳重の姿が描かれているのだ。徳重と登場人物たちとの関係性の変化を示しているだけでなく、各話でクローズアップされた登場人物たちの「その後」の日々を淡々と映しているようでもある。そして、それは、徳重が好きだと語っていた、診療室の窓から見下ろす景色のようだとも思う。
第1話の終盤で、徳重が見下ろす視線の先には、退院したばかりの男性患者・横吹(六平直政)が孫たちに祝われる姿があった。それを見た滝野は、「病院から出たら、分かれた世界だと思っていました。でも違うんですね。つながってる」と言う。各話の主人公たちは、徳重と対話することで、行き詰まっていた状況が好転したり、長年の葛藤から抜け出せたりする。滝野の言葉の通り、そんな彼らの日常が途切れることなくつながっている様子を可視化しているのが、本作のオープニングと言えるだろう。
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松本潤ら演者とキャラクターの相性の良さ

本作は、臓器ごとに18の専門分野に分かれ、それぞれの専門医たちが診察・治療を行う現在の日本の医療において、新たに加わった19番目の新領域「総合診療科」を中心に、総合病院で奔走する医師たちと、自分あるいは家族の病気が原因で日常生活に困難を抱える患者たちの姿を描いた作品だ。
キャリア30年目で初の医師役に挑戦し、大河ドラマ『どうする家康』(2023年)以来のドラマ出演となった松本潤はただの「心優しい眼鏡のお医者さん」ではないミステリアスな一面を垣間見せつつ、会う人会う人の心を動かし、気づいたら病院全体の雰囲気を変えてしまうほどの「聞く力」を持った徳重晃という医師の面白さを体現している。小芝風花演じる滝野の真っ直ぐさ、木村佳乃演じる有松のカッコ良さ、田中泯演じる徳重の恩師・赤池のチャーミングな笑顔など、演者とキャラクターの相性の良さも魅力のひとつとなっている。
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患者と医師、そして、医師と医師の対峙の先を描く

総合診療医という、視聴者もあまり馴染みのない領域をドラマで扱うにあたって、徳重の恩師である赤池(田中泯)が孫弟子のような存在・滝野に解説する、あるいは彼女が、赤池の記したノートを読むという形で、各話において丁寧な解説がされているのも興味深い。
病院の総合診療医の仕事の3つの柱である「ゲートキーパー」「ファミリーメディスン」「コンダクター」の役割を第1話から第3話にかけて丁寧に描き、第4話では生活習慣病である糖尿病と向き合う患者夫婦(倉科カナ・浜野謙太)を通して、患者の「病」を発端に生じる「モヤモヤ」であるところの「疾患」を明らかにした。さらに第5話では、天才心臓血管外科医・茶屋坂心(ファーストサマーウイカ)の「心」と向き合う徳重の姿を通して、ただカウンセリングするだけではない、様々な方法を駆使した「問診」の技術を詳らかにする。

心とは、「あなたと私の間に生まれるもの」ではないかと第5話で徳重は言った。本作は、「あなた」と「私」=患者と医師、そして、医師と医師の対峙のその先を通して、「心」を描く。
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悩み多き現代人のスーパーヒーローたる徳重

第1話は、患者と医師、それぞれの主張から始まった。待合室にいる女性患者・黒岩百々(仲里依紗)が抱える、たった10分の診察に対する苛立ちを、彼女は視聴者に訴えかけるように話す。一方で滝野とともに診察を担当した成海(津田寛治)もまた、カメラに向かって「医者の言い分」を主張する。2人の「こんな話、お医者さん / 患者さんには分かってもらえないだろうけど」という思いが重なり合う。この、視聴者に向かって自身の思いや状況、あるいは他者から見た各話の主要登場人物の印象を語る形式は第5話まで毎話、登場してきた。
例えば第2話において、小児科長である有松が、職場における中堅として担わなければいけない役割と、自分自身の本音との葛藤を吐露する場面。そして、第4話の鹿山(清水尋也)が得意とする「何事も合理的に器用にこなしていく手法」に基づいた働き方を明かす場面。誰もが会社、家族、社会においてそれぞれの役割を担っている中で、自身の理想と現実の間で葛藤しているが、それを実際に口に出すことは難しい。そんな彼らの、時に本人すら自覚していなかったような思いまで解き明かし、傷ついた心にスルリと寄り添い、「あなたの声を聞かせて」と語りかける徳重は、悩み多き現代人にとってスーパーヒーローと言えるかもしれない。
医師同士がぶつかるのは、第3話で院長の北野(生瀬勝久)が言う通り「正しさって、人の数だけある」からであり、赤池の言う通り「同じ助けたいという思いがあるから」だ。だから、最初は反発し合っていた医師たちが、次第に本音でぶつかり合い、認め合っていく姿は見ていて心地よい。主だった「敵役」が存在しない医療ドラマと言う点は、昨年放送の『アンメット ある脳外科医の日記』(フジテレビ、カンテレ系)と共通している。
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気になる病院内の権力闘争の行方

「次の院長選、立候補する」と東郷陸郎(池田成志)が息子・康二郎(新田真剣佑)に言うところで終わった第5話。そして、北野も大切そうに眺めていた「赤池と北野と東郷が並ぶ若い頃の写真」を、東郷はゴミ箱に捨てた。北野と東郷、院長と外科部長という病院のトップに君臨し、ぶつかる2人は、赤池にとってはどちらも可愛い後輩なのだろうことが、赤池の口ぶりから分かるだけに、彼らの権力闘争の行方も気になって仕方がない。
日曜劇場『19番目のカルテ』

TBS系にて毎週日曜よる9時から放送中
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/mikami_sensei_tbs/