中国公演中止問題をはじめ、政治にまつわる事柄が、音楽に大きく影を落とした2025年。若手音楽ライター3人が、下半期のライブやイベントについて振り返りながら、音楽と政治の今を考える。
音楽にまつわる今のトピックについて、ライター / 批評家に語り合ってもらう座談会「What’s NiEW MUSIC」第9回。
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トラヴィス・スコット来日の熱狂
—下半期の音楽を振り返る座談会、前々回はシーンを取り巻くさまざまなトピックについて、また前回はみなさんが注目したリリースタイトルについてお話いただきました。ここからは、2025年下半期に開催されたライブやイベントで印象深かったものについてお話を伺いたいなと思っています。
キムラ:やはり一番注目したのは、トラヴィス・スコットのベルーナドームの公演ですね。カニエ・ウェスト——いまはYeですけれども——が乱入して、日本で久々にパフォーマンスをした。
風間:はい。乱入と言いつつ、だいぶいっぱい演ったみたいですよね。
キムラ:トラヴィス・スコットは、今年4月の『コーチェラ(Coachella Valley Music & Arts Festival)』でのパフォーマンスがちょっと肩透かしというか……。『コーチェラ』は(2018年の)ビヨンセ以降、ステージコンセプトやセットを完璧に作って演出する感じになっているので、レイジやトラップのひたすら盛り上げる系のアーティストとの相性はあまり良くないんですよね。なので、トラヴィス・スコットも、頑張ってはいたんですけど、ちょっと限界があるなという感じがした。来日が決まったけど、あの『コーチェラ』の感じからすると厳しいんじゃないかな? と思っていたら、もうめちゃくちゃ盛り上がったと。Yeが出てくる前から死ぬほど盛り上がっていたみたいなんですよね。あとはYZERRが主催した『FORCE Festival』(10月に開催。FUTUREなどが来日し、国内外のヒップホップアーティストが集結した)の盛り上がりなどを見ても、日本のヒップホップ受容は思ったより希望的なのかなと思いました。来年は『POP YOURS』が3日間開催ということですし。

松島:前々回話した『RAPSTAR』もそうですし、『FORCE Festival』もそうですけど、ずっと走り続けてきた人たちが報われた、ようやく結実したというか、根付いた感じがします。トラヴィス・スコットに関しては、先日『AVYSS』でSarenというラッパーにレポート記事を書いてもらったんですけど(※)、カニエについては「個人的にはあんまりグッと来なかった。元気がなさそうに見えた」と書いてましたね。そこ(=カニエの存在)ではなく、あくまでトラヴィス・スコットの求心力みたいなものがすごく発揮されたライブだったんだなというのは、そのレポートでも思いました。
※空白の時間、瞬間の狂乱|Travis Scott「Circus Maximus」Report by Saren. AVYSS
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カニエ・ウェストの影響と現状への葛藤
松島:Yeに関しては、しばらく扱いが難しい感じですよね。キャンセルカルチャーについては議論もあるとは思いますが、ナチズムの肯定みたいなことに関しては、後から取り消したとしてもちょっと……。僕はもう無理かもなと思って、あまり活動をチェックしなくなってしまいました。
キムラ:もちろんナチスについての発言とか、White Lives Matterとか、そういうのは問題外ですけれども。ただ、ジャスティン・ビーバーが今年アルバムを出したじゃないですか。その作り方っていうのが、広いスタジオみたいなのを借りて、ひたすらセッションして曲を作るのを、ストリームでずっと配信してるんですよ。あれはまさに2016年くらいのカニエがやってたことと似ている感じがして。
松島:『The Life of Pablo』ぐらいの時期ですね。
キムラ:そうそう、ジャスティン・ビーバーはわかりやすくカニエ・ウェストの影響を受けている。カニエが是か否かはさておき、カニエ的なアプローチは、ファッションの面も含め、2020年代の現在に多分に影響を及ぼしているし、これから先も広がっていくんじゃないかなというのが僕の見立てです。ダメなところはダメなんだけど、ポップカルチャー全体のシーンとして見るときに、そこのピースを外しちゃうと……。
松島:それは間違いないんですよね。『Yeezus』以降の動き方は、絶対に無視できない要素ではある分、すごく残念だなと……。
風間:カニエ本人は、今年はけっこう静かだったですよね。いまおっしゃっていたのは基本的に2023〜24年ぐらいで、巨大な騒動が立て続けにあって、毀誉褒貶の激しい人というイメージになったと思うんですけど。今年は、パートナーに変な格好をさせた件がありましたが、他にはそこまでビビッドな動きはなかったかなと思います。
キムラ:『Bully』というアルバムを出すか出さないかみたいな感じで、いま待たされてる状態なんですけれど、リード曲を聴くと、『The Life of Pablo』とか『ye』の頃のようにな情的で、最近のマッチョな感じともまた違う感じがするので、その変化にも注目しています。なにぶん今年出した曲は、歌詞があまりにも……。
松島:紹介もできない感じですよね。ここまで失墜したところから、「やっぱりすごかったんだ」という感じを取り戻してくれるのかどうかも正直……。実際、いろんなファクターを抜きにしても『VULTURES』以降の作品がそんなに良いかと言われたら、ピンとこない感じもあるし。このまま、音楽的な遺産を食いつぶして生きるアーティストにはなってほしくないという気持ちもありますが。あとは、メンタルヘルス的な問題もあるし、あそこまで大きくなってしまった存在を止められる人もいないわけで……彼について肯定は絶対できないですけど、ああいう巨人にしかわからない悲しみもあるんだろうなとは思います。
キムラ:そうですね。良い部分も悪い部分も含めて、単純なレイヤーで語れないですよね。なんだけど、3年後くらいに見ると、たしかにカニエは早かったなと思うことが多い。
松島:たしかに多いんです。けれど、本当にこれからもそう思わせてくれるのかな? という点でも、僕はそう思えない部分があります。
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『CANNONBALL』と、羊文学の武道館ライブ
キムラ:8月に『CANNONBALL 2025』というフェスに行ったんですけど、ビジョンが『コーチェラ』みたいにデカくて、音もすごく良かったんですよね。
風間:ありましたね。大きなビジョン、話題になってましたよね。
松島:矢沢永吉が出てたんですね! マジか。
キムラ:そうそう、あのちゃんが出てたり、羊文学、アイナ・ジ・エンドとか。矢沢永吉は、千葉雄喜ばりのショットライブをやって15分くらいで帰るっていう。
松島:なんというか、本当にラッパーみたいな存在ですよね(笑)。
風間:そうそう。ステージに車を横付けするのもカニエと一緒ですからね(笑)。

松島:こういうところに羊文学がラインナップされているっていうのも、10年前はあんまり想像できなかったことですよね。あらためてすごいなと思いました。
風間:羊文学は僕、武道館公演に行ったんですよ。素晴らしかったですね。「この環境でこの音を鳴らすんだ」みたいな言い方は、(武道館ライブ評の)クリシェとして言われますけど、それの極地に近いというか。今回、初の武道館公演という触れ込みでしたけど、武道館の1週間後にはもうヨーロッパツアーに行っていたり、あらゆる意味で武道館がもう通過点なんだなというのがわかる感じがしました。
キムラ:アルバムも素晴らしかったですね。オリジナルメンバーのドラムが休業してて、サポートに元CHAIのユナが入っています。オリジナルメンバーもとても良いんですけども、また違った良さが加わっていて、いまの羊文学は面白いですよ。
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中国公演中止問題に思うこと
—その羊文学をはじめ、海外で活躍していく日本のアーティストもたくさんいる中で、日本のアーティストの中国公演が軒並み中止になった件も、最近話題になりました。
松島:はい。もう、すごく由々しき問題ですよ。(ロックバンドの)雪国とか、僕の近い人たちの間だけでも仕事が飛んじゃった人が何人もいるくらいだし。ここ何年か、東アジアのインディ音楽シーンは良い感じに親交が生まれていてきたところだったので、非常に残念だしもったいない。日本の若いインディペンデントなアーティストが中国に行くと、日本での活動キャパシティより大きなステージでパフォーマンスできちゃうという点にもドリームがありましたし。
風間:青い薔薇という大阪のロックデュオがいて、日本では知名度も動員もそこまでではないんですけど、中国で人気がすごくて。今年取材をしたんですけど、中国に呼ばれてツアーをして、行ってみたらお客さんが何百人もいたと話していました。そのままの状況が続いていたら、逆輸入じゃないですけど、日本でも火がつく感じだったと思うんですよね。
風間:bilibili動画で、日本のシューゲイザーとかドリームポップとかを紹介する人がいるんです。「先生」と呼ばれているインフルエンサーは、ポストロックとか残響系をすごくカバーしていて、1つのバンドを40分ぐらいかけて解説してるんですね。すごい熱量で。青い薔薇はその人に紹介されたことで広く知られたみたいです。
松島:すごい! 橋渡し役ですね。
風間:そうなんです。きちんと文脈を含めて紹介するのを、向こうの人がやってくれている。言ってしまうと、日本のインディロックがちょっとサボっていた部分を、やってくれている方がいるという状況なんですよね。
松島:そういう草の根的な一番尊い営みも、握りつぶされてしまった形になったわけですから、本当にしんどいニュースですよね。
キムラ:これからの日中関係しだいでは 、アメリカがそうだったように、TikTokとかもどうなっていくかわからないし、仮にTikTokが禁止になったら、カルチャー自体がどんどん変容していくわけだし。政治が文化の舵取りをより強く握っている状況になったなという感じはしています。
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政治と音楽、深刻な関係の変化
風間:アメリカだと、バッド・バニーが、アメリカ国内でライブを簡単にできない、というような話をしていましたね。いま、ラティーナの人たちがアメリカで(トランプ政権の移民政策により)取り締られてしまっている。(プエルトリカンの)バッド・バニーがライブをすることになれば、アメリカ中や中南米からいろいろな人が来ることになるけれど、そこにICE(移民税関捜査局)が目をつけるかもしれないから、そういう危険には晒せない、という。
キムラ:バッド・バニーが2月の『スーパーボール』(のハーフタイムショー)で何をするかっていうのが、まず注目ですよね。あれで2026年のポップカルチャーが始まると思いますね。
松島:ここ何年かは特に、大きな流れに巻き込まれることによって、つながっていた人たちやシーンの中に軋轢や分断が生じることがいろいろ起きていて、1回1回心に来ますよね。正直あまり言及もしたくないですけど、今年は『Boiler Room Tokyo』絡みの話(※)もあったわけですし……。
※『Boiler Room』の運営企業が投資会社KKRの傘下となり、KKRの投資先に軍需関係やイスラエル関係企業が含まれることから、「『Boiler Room』はイスラエルのジェノサイドに加担している」と批判を受けている。東京開催においても、DJに出演しないよう呼びかける動きや、出演を取りやめたDJと出演したDJの間に摩擦が生じるなど、論争の的となっている。
風間:そうですよね。先日サブリナ・カーペンターが、ホワイトハウスがSNSに投稿した動画に自分の曲が使われたのを、やめろとリプライしたのが、すごく話題になっていたんです。
松島:要は「自分の作品をプロパガンダに使うな」って話ですよね。
風間:そうですね。勝手に、しかもその曲の中の一節を、悪意のある文脈で象徴的に使う感じになっていて、これはまた一段別のフェーズに入ってきたなという感じがしました。高市早苗の動きを見ていると、トランプがロールモデルになってしまっているようなところを感じるので、日本でもこれから、ポップカルチャーの誤読を超えた意図的な悪用が来るかもしれない、という悲観的な予測もあります。
キムラ:ポップミュージックにおける皮肉やユーモアみたいなものが、通用しなくなってきてるようなところもありますよね。とはいえ、じゃあ生活実感に基づいたスローガンとか運動みたいなものを前景化させただけのものが「ポップ」なのか? って言われたら、そうではないので、そこのバランスが難しい。
風間:その意味でも(ポップスター的な役割から)「降りる」人が多いのかなと思ったんですよね。危機感というか、危険水域が上がってきているので、一回自分たちのホームに帰ろう、というような。それで実際救われる人もいると思うで、僕はそれはけっこう良いことだとも思っています。政治とポップカルチャーの幸福な季節はもう完全に終わったというのは、今年のリリースを見ていても思いましたね。
松島:そして政治の季節が来て。
キムラ:はい。そこでどう文化をやるのか。それはとてつもなく困難なことだと思います。
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2026年の注目トピックは?
松島:なんか、最後にちょっとだけ明るい話をしておきたいですよね……。
—たしかに。では、来年楽しみなトピックを伺うのはいかがでしょう。
松島:マイブラが来るじゃないですか(my bloody valentineは2月に来日予定。全公演完売)。Wispも速攻でソールドアウトしちゃいましたし、いわゆるシューゲイズリバイバルのような流れは、この先もっと大きくなるのかなと思ったりしました。
キムラ:それで言うと、今年話題になったGeeseも来日しますね。案の定チケットは即完でした。
キムラ:個人的に注目しているトピックとしては、Oneohtrix Point Neverが劇伴を務めた『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(2026年3月13日公開) という映画があって。ティモシー・シャラメが主演で、サフディ兄弟の片方が監督をしてるんですけど。チャーリーXCXもそうだし(2026年公開予定の映画『嵐が丘』で劇伴を担当)、ミュージシャンの動向を追ってく上で、映像や映画も同時に追いかける必要がある感じもしていますね。そうしないとシーン全体の潮流を掴み損ねるというか。
風間:それで思い出したんですが、A24 Musicからリリースされていたマーク・ウィリアム・ルイスのアルバムはかなり良かったですね。
松島:A24がレーベルを始めたんですか?
風間:レーベル自体は、劇伴をリリースするものとしてもともとあったんですけれど、レーベル事業を始めた、という言い方がいいのかな。マーク・ウィリアム・ルイスという、bar italiaとかと一緒にやっていたロンドンのミュージシャンがそこからリリースしたんです。A24 Musicから次に出すのは誰なんだろう? という妄想はたまにしています。
松島:『caroline 3』とか出たら嬉しいですけどね! あと、1月23日(金)には、前々回の座談会で紹介したEffieやiisoが来日するサーキットイベント『AVYSS Circle 2026』もあるので、楽しみにしています。
風間:いいですねえ。あとは、来年の上半期もこの座談会をやりたいので、みなさんぜひ健康で、という感じですかね……。
松島:そうですね。健康第一で!
—はい。みなさんありがとうございました。良いお年を!