4/20(日)
この日は復活祭にもかかわらず、僕らは朝からバンに揺られていた。向かう先はアリゾナ州フラッグスタッフ。ロサンゼルスから内陸へ700kmに位置する小さなカレッジタウンだ。
これまでの太平洋エリアのドライブとは打って変わって、窓の外の景色は荒野らしくなっていく。2018年に個人的に訪れたジョシュア・ツリー国立公園の面影を感じて調べると、かなり近い位置を走っているようだ。快晴のニードルス・フリーウェイは永遠のように長く感じた。

道中降り立ったガソリンスタンドにて、巨大なロバに出会った。とても温厚で、手を伸ばすと自分から顔を寄せてくれる。調子に乗って触りすぎていたら指を噛まれた。ロバは物をすり潰すように噛むらしい。僕もそうやって噛まれて、すごく痛かった。

フラッグスタッフに着くと、真冬のように寒かった。ロサンゼルスは半袖でも暑いくらいだったので、身体がおかしくなりそうだ。

今夜の会場は、Coconino Center for the Artsという公共のアートギャラリーで、200人ほど着席可能な小さなホールが付属している。ステージのすぐ横から機材を搬入し、着いてすぐにサウンドチェックが始まる。PAがなんだかやる気なさそうなのは気のせいだろうか。

無事問題なくサウンドチェックを終え、少し休んで今夜もいつも通り演奏をしようとした矢先、事件が起きた。ルーパー(僕らはルーパーペダルという機械を全員が足元に1つずつ持ち、それを同期させて音を重ねていくような演奏形態をとっている)が作動しない。使わない曲もあるので、何度も電源を入れ直したり、僕らを繋ぐケーブルを差しなおしても、状況は変わらない。仕方なく使わない方法を取るが、やはり全力の演奏とは言えない。今夜のショーは、後悔が残る結果となってしまった。
ライブが終わり、原因が高野の機材にあることがわかり、急いで修正する。明日はオフだが、まだ3本のライブが控えていて、最終日は『Austin Psych Fest』というフェスティバルへの出演が残っている。気は抜けない。

演奏もあまり上手くいかず、ホールに空席もあったため、物販はそこまで繁盛しなかったものの、カレッジタウンだったためか、日本語で「ありがとう」と伝えてくれる若い人が多く嬉しかった。
結果は1056ドル(約15万円)だった。残る支出は3025ドル(約43万4000円)。残り3ショーなので、これは黒字に持っていけそうだ。もし最終日のフェスまでに黒字にできたら、フェスでの物販売り上げがそのまま純利益となるので、わかりやすいかもしれない。ひとまず、近い目標はそこに設定しよう。
会場の近くに予約したAirbnbに到着し、機材を安全のために搬入すると、恒例のベッド争奪ジャンケンが始まった。1人はソファーで寝ることになる。
なぜかこの日は勝てる気がしていた。そして当たり前のように勝利する。不思議な感覚だ。ジャンケンと心は、密接に繋がっているのだろうか。

4/21 (月)
この日は5日ぶりで最後のオフだったので、ゆっくりしたいところだったが、滞在しているフラッグスタッフからセドナやグランドキャニオンが近いということで、観光に当てることにした。
9時ごろ緩やかに目覚め、Airbnbで朝食を取る。このような1日の始まりはかなり久しぶりに感じる。アメリカでは初めてじゃないだろうか。
最初に訪れたセドナは、巨大な赤い岩場の間に美しい川が流れている、有名なスピリチュアルスポットだ。日本ではありえない規模の自然に感動を覚える。

翡翠色の川には、多くの観光客が水浴びを楽しんでる姿が見られた。マイキーはショートパンツに着替え、池田はそれを見て服を脱ぎ出し、下着1枚の姿になる。
マイキーが先に川に飛び込んだ。次に池田が飛び込む。僕も勧められたが、風邪をひきそうだから遠慮しておいた。
彼らが日光で体を乾かしている間に、気温はじりじり上がっていき、すぐに半袖でも暑いほどになったので、ここを離れることにした。
グランドキャニオンでは夕陽を見る予定だったが、それまでにはまだ時間があるということで、マイキーが気を利かせてくれて、僕らは近くのアンティークショップに寄ることにした。
そこは個人店だったが、全てを見て回るにはかなり苦労するほど大きく、中古品のバラエティも豊富で、時間を忘れるほど楽しめた。ネイティブアメリカンを含め世界中から集められた民藝品から、古着、楽器、家具、古本、なんでもござれのラインナップで、値段も安い。次はもっとお金をもって、旅行で訪れたい。結局、彼女へのお土産に大きなアメジストを買って帰ることにした。

さて、車はグランドキャニオンへ進む。
少しずつだか明らかに、地形が変わりだしていることがわかる。進む先には青く澱んだ影の向こうに、巨大な岩肌が見えた。アメリカで様々な景色や自然と共に旅をしてきたつもりだが、その存在感は圧倒的に別物であった。畏怖にも近い感覚が心を高揚させる。

平地を駆け抜けてた車は、じきに山岳地帯へと突入し、緩やかな坂を登り始める。マイキーがボブ・ディランの”Like a Rolling Stone”を大音量で流し始めた。
車の速度は上がり続ける。
僕らは転がる石のようだ。日本という安息の地から離れ、メッキの車に乗ってアメリカを旅している。まさかこんな人生だとは思っていなかった。
<How does it feel, how does it feel?>
ディランが何度も問いかける。
言うまでもない、最高に決まっている。

料金所を超え、国立公園に入る。その先には大きな駐車場があった。そこから少し歩くと、有名なビュースポットがあるらしい。車を降り、早歩きで人々が集まる方へ向かう。時間管理は完璧だった。空はブルーとオレンジとの2色に、美しく分かれている。サンセットはこれからのようだ。

景色は想像を絶するものだった。何億年にも及ぶ地層の形成とコロラド川の侵食によって生み出された奇跡は、自然のクリエイションの頂点とも言える美しさで、眺めていると涙が溢れる。いまこの雄大なエネルギーを前にして、小さいホモ・サピエンスにできることは、目を濡らすことくらいかもしれない。
太陽は大地に突入する寸前だった。眩い橙色の光が生み出す地層の影は、底なしに青い。そこに落ちていくことが最も自然かのように感じてしまう青。ここまで深い青は見たことがなかった。
美しい自然を見せられると、実存に立ち返らざるを得ない。それでもって僕という存在を、ほとんど初めて認識することになる。流動体的自己認識だ。僕は浮遊する空気で、青い地層で、コロラド川の翡翠色で、川の奔流で、侵食される岸辺だった。大自然との神秘的な体験が、そこにある全てが僕であると気づかせてくれる。
その実存との邂逅が、新しい芸術の始まりとなる。

太陽は完全に姿を影に落としてしまった。するとあたりは、すごい速度で暗くなっていく。この神秘的な時間は、毎日休むことなく、淡々と繰り広げられている。僕という個体にとって、生きる希望そのもののような出来事も、他者にとっては何の変哲もないサイクルの繰り返しだったりするのかもしれない。
僕らはそれぞれに心を震わせたまま、帰路についた。

夕食はAirbnbで済ますことにした。スーパーマーケットでサラダや電子レンジ用の肉などを買い込む。Airbnbに着くと米を炊き、映画『キルビル』を英語字幕で見ながら、食卓を準備する。楽屋にあった缶ビールや缶ジュースを大量に持ち帰っていたので、せっかくのオフだから乾杯することにした。

ツアーも残すはあと3日だ。どうしてこんなに早いんだろう。
※次回へ続く
maya ongaku US TOUR dates 2025

Apr 08 Seattle, WA, US|Neumos
Apr 09 Bellingham, WA, US|The Shakedown
Apr 10 Victoria, BC, Canada|Wicket Hall
Apr 11 Vancouver, BC, Canada|The Pearl
Apr 12 Portland, OR, US|Wonder Ballroom
Apr 14 Chico, CA, US|Argus Bar + Patio
Apr 15 Oakland, CA, US|The New Parish
Apr 17 San Luis Obispo, CA, US|SLO Brew Rock
Apr 18 Jacumba Hot Springs CA, US|Jacumba Hot Springs Hotel
Apr 19 Los Angeles (LA), CA, US|Teragram Ballroom
Apr 20 Flagstaff, AZ, US|Coconino Center for the Arts
Apr 22 Santa Fe, NM, US|Tumbleroot Brewery & Distillery
Apr 23 Oklahoma City, OK, US|Resonant Head
Apr 24 Austin, TX, US|APF 25: Kickoff Party
maya ongaku(マヤ オンガク)

2021年、江ノ島の海辺の集落から生まれた園田努、高野諒大、池田抄英による3人組バンドmaya ongaku。魂のルーツを超えたアーシーなサイケデリアを奏でる地元ミュージシャンの有象無象の集合体。その名の由来は、古代文明からではなく、視野の外にある想像上の景色を意味する新造語。「自然発生」と表現する、非生物から生物が生まれるとされる現象の集大成が<maya ongaku>の原点である。2023年5月に1st album『Approach to Anima』をGuruguru BrainとBayon Productionよりリリースし11月にEU/UK TOUR、12月に国内TOURを行い成功をおさめる。2024年8月にNew EP『Electronic Phantoms』を発表。8月にWWWとの共同企画 “rhythm echo noise”ではオランダからFelbmを招聘し開催。TOKYOから世界へ発信する新たな音楽アワード「TOKYO ALTER MUSIC AWARD 2024」の”Best Breakthrough Artists”を受賞する。これまで森道市場、FFKT、FUJI ROCK、朝霧JAM、FUJI&SUNなど多くの国内フェス、また韓国や中国のASIAフェスにも出演。
maya ongaku | linktr.ee/maya_ongaku
Instagram | https://www.instagram.com/maya_ongaku/?hl=ja
Twitter | https://twitter.com/maya_ongaku