ポートランド公演までは、5日間休みなしのスケジュールだった。その翌日は最初のオフということで、僕らは少し良い宿をとることにした。アメリカツアーでは僕らが宿を用意する必要があるので、予約もその都度自前で行っている。
マイキーの友達が各地にいるので、彼の友人宅に泊まれる日は予算を使わなくて済むのだが、 全部で1500ドル(約21万4000円)の予算を自らに設定していて、その中で宿代をやりくりしなくてはならない。そして、大人4人が泊まれる大きさの部屋で安い宿となるとAirbnbがもっとも探しやすい。この日は会場から車で10分ほどの距離に、庭付きの大きなAirbnbが見つかったので、150ドル(約2万1000円)と少し高かったが贅沢することにした。
ホテルやAirbnbを予約する際、4人部屋と入力しても、僕らが出せる予算の部屋にベッドが4台用意されていることはまずない。2台のベッドとソファーがひとつという構成が基本となる。運転してくれているマイキーがベッドを1台使うので、残りのベッドとソファーは取り合いになり、ジャンケンに負けた者1人は床で寝ることになる。ちなみに今回のツアーで、いまのところ僕は全てのジャンケンに負けている。そのせいで寝不足だが、この夜も例に漏れず負けてしまった。次のツアーまでにまずやることは、曲を作ることでも、英語の勉強でもなく、ジャンケン必勝法を学ぶことかもしれない。
4/13(日)
高野が建物中から探し出してくれた、ブランケットやカーペットを限界まで重ねて作った即席ベッドのおかげで、素晴らしく快眠であった(どうもありがとう)。ポートランドのAirbnbは少し高かった分、素晴らしいところだった。大きな民家の地下スペースを貸し出しているのだが、おそらく100平米以上ある空間に寝室が2つと、ベッド付きのリビングとソファ(小さすぎて寝ることはできない)があり、お風呂も大きい。起床し、階段を上り外へ出ると、夜には見えなかった美しい庭があった。

Kikagaku Moyoのメンバーで、元Guruguru Brainのトモくんから連絡があり、ポートランドにあるMississippi Recordsというレコードストアを紹介してもらったので、まずはそこに向かうことにした。
車を20分ほど走らせてたどり着いたそこは、レコードマニアにとっては、まさに天国のような場所であった。建物はカリフォルニアスタイルの古い平家で、入り口の上に佇む赤い看板が特徴的だ。中に入ると、ストアはそこまで大きくなく、レコード自体も特段多いわけではないのだが、どうでもいいレコード(実際そんなものは存在しないのだが、ここでいう「どうでもいい」は、売り手側も聴いてないのに店に並んでいるようなものを指す)が1枚もないほどに、完璧といっていいセンスの良いセレクトがされている。

ジャンル分けも多岐に渡り、「インターナショナル」が強い印象だった(これは日本のレコードストアでいうところの「ワールド」に該当する)。アフリカ関連の棚スペースが特に大きく、それも雑然としてるわけではなく、セレクターの思想がしっかりと行き届いている。だから何を試聴しても素晴らしい。こんなレコードストアは、僕の知ってる限り他にない。値段もかなり安いものから高いものまで(高すぎるものはほとんどなかった。そのためか、ストア内には音楽好きの若者が多かった)満遍なくあり、手に取りやすい。試聴用のターンテーブルも2つあり、店員に尋ねずとも自由に使用できる。

結局レコード3枚ほどで合計30ドルの買い物をし、一生ここに居たい気持ちを振り払いながら外へ出る。気づかなかったが、建物の横にはカフェが併設されていた。歩道に机と椅子を並べ、ポートランドの静かな昼下がりを楽しむ人々を見てると、なぜだか泣きそうになる。こんな素晴らしい場所があっていいのだろうか。どうにかして日本にも、と思ったが、すぐ考えるのをやめる。そんな妄想すらも意味がないほどに、そこは音楽を愛する神聖な空気に満ちていた。

この日は完全なる休みだったのだが、次の会場であるカリフォルニア州チーコまでは800km近くあったので、午後以降は丸々移動に費やす予定であった。13時ごろにはポートランドを離れ、旅路に就いた。
車の中では、常にマイキーがセレクトする古いロックンロールがかかっている。そして長距離運転でマイキーの疲労が溜まっていくと、それに応じて音量も上がっていく。また、マイキーはかなりの暑がりらしく(僕らとは温度感覚が全く違うようだ)、常に窓は全開で時間帯によってはかなり寒い。お世辞にも快適とは言えないが、連日の疲れもあって、ほとんどを寝て過ごした。
チーコの近くに、マイキーの友達の家があるとのことだったので、今夜はそこに泊まらせてもらうことになった。チーコに着き、マイキーがビールを買いたいとスーパーマーケットに寄った。「友達の家はここから近いの?」とマイキーに尋ねると「1時間くらい」と言った。チーコは小さい街だ。疑問に思いながら車に乗り込み、黙って着いていくと、車はいつの間にか深い山の中に突入していく。少しすると、スマートフォンの電波は完全に途切れてしまった。
もう夜は深い。道はどんどん狭くなる。闇に慣れ始めた目で窓の外を覗くとすぐそこは崖だった。
一体僕たちはどこに連れてかれるんだろうか。
そこからさらに数キロ進んだ先に、その場所はあった。僕らがたどり着いたのは暗く寂れたゴーストタウンであった。着くなり、雑種の犬がバンの横を走り抜けるのが見えた。舗装されてない路地の両側に数軒、小さな民家が立ち並ぶ。その全てが、ほとんど廃墟というくらいに朽ちている。道沿いのベンチをバンのヘッドライトが照らすと、ギターを持った長髪の3人組が座っていた。見た目だけでいうと完全にヒッピーの風貌である。なんなんだここは。60年代の終わりにタイムスリップしてしまったのだろうか。
バンを停めると、さっきの3人組とは別の、テンガロンハットにウエスタンシャツの胸を第3ボタンまで広げ、動物の骨が連なった首飾りをつけた背の高い男が現れた。緩やかだが湿り気のある発音の英語が少し聞き取りづらい。着くなり冷えたビール瓶を手渡され、訳がわからぬまま乾杯をする。友好的なのは間違いない。

テンガロンハットの男の名はアンドリューという。ここの支配人のようで、彼がマイキーの友人だった。先ほどの犬は彼が連れているらしい。乾杯の後、彼が作ったディナーをいただいたのだが、これが忘れられないほど美味しかった。

食後の紅茶まで出してくれた優しいヒッピー男・アンドリュー。その後、彼はこの街を案内してくれた。」僕らが泊まる部屋は、客室として用意されている大きな平屋で、2段ベッドが2部屋に分かれて数台あり、風呂やトイレ、キッチンまで用意された素晴らしいものだった(水は止まっていたし、そのほとんどが使えないものだった)。

外を歩き、街にある様々な施設に入っていくが、そのどれもが辛うじて立っているようで、ほとんどが朽ちていた。机には描きかけの絵があったり、壁には家族写真が貼られたりしていて、生活感だけが取り残されている。だが、見るからに数十年は人が住んでいない様子だ。街といっても、100メートルほどの一本のストリートで、最深部まで行くとそこには鉄道の線路が横切っていた。
「すごく長い電車が通るんだ。全て通り抜けるのに5分もかかる」とアンドリューは言った。
線路を渡ると、巨大な川が流れていた。満月に限りなく近い月が、急流を白く照らしている。
カビの匂いのするブランケットと枕を与えられ、僕らは寝ることにした。ベッドは柔らかく、快眠を確信する。
明日の朝、この街を散策してみよう。
※次回へ続く
maya ongaku US TOUR dates 2025

Apr 08 Seattle, WA, US|Neumos
Apr 09 Bellingham, WA, US|The Shakedown
Apr 10 Victoria, BC, Canada|Wicket Hall
Apr 11 Vancouver, BC, Canada|The Pearl
Apr 12 Portland, OR, US|Wonder Ballroom
Apr 14 Chico, CA, US|Argus Bar + Patio
Apr 15 Oakland, CA, US|The New Parish
Apr 17 San Luis Obispo, CA, US|SLO Brew Rock
Apr 18 Jacumba Hot Springs CA, US|Jacumba Hot Springs Hotel
Apr 19 Los Angeles (LA), CA, US|Teragram Ballroom
Apr 20 Flagstaff, AZ, US|Coconino Center for the Arts
Apr 22 Santa Fe, NM, US|Tumbleroot Brewery & Distillery
Apr 23 Oklahoma City, OK, US|Resonant Head
Apr 24 Austin, TX, US|APF 25: Kickoff Party
maya ongaku(マヤ オンガク)

2021年、江ノ島の海辺の集落から生まれた園田努、高野諒大、池田抄英による3人組バンドmaya ongaku。魂のルーツを超えたアーシーなサイケデリアを奏でる地元ミュージシャンの有象無象の集合体。その名の由来は、古代文明からではなく、視野の外にある想像上の景色を意味する新造語。「自然発生」と表現する、非生物から生物が生まれるとされる現象の集大成が<maya ongaku>の原点である。2023年5月に1st album『Approach to Anima』をGuruguru BrainとBayon Productionよりリリースし11月にEU/UK TOUR、12月に国内TOURを行い成功をおさめる。2024年8月にNew EP『Electronic Phantoms』を発表。8月にWWWとの共同企画 “rhythm echo noise”ではオランダからFelbmを招聘し開催。TOKYOから世界へ発信する新たな音楽アワード「TOKYO ALTER MUSIC AWARD 2024」の”Best Breakthrough Artists”を受賞する。これまで森道市場、FFKT、FUJI ROCK、朝霧JAM、FUJI&SUNなど多くの国内フェス、また韓国や中国のASIAフェスにも出演。
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