INDEX
「オフの音」として音楽を捉えることで、本作の奥行きを気づかせる
「情景」と紐づく環境音、「主観」と結びついた音楽という構図から本作を観ると、音楽はほぼシーンとシーンの切れ目(「情景」の移行)、ドラマが展開するタイミング(「主観」の移ろい)でしか使用されていないことに気がつきます。
特に印象的なのは中間部、李によるナレーションが韓国語で挿入されるシーン。
監督の依頼で つげ義春のマンガ
三宅唱監督『旅と日々』より
「海辺の叙景」を原作に脚本を書いた
書いてから数年経ったが
いまだに旅について考えている
故郷を離れて以来 私は
ずっと旅の途中にいるようだ
このシーンでは、『海辺の叙景』をもとに脚本を執筆する李の「旅」への感慨とともに人生への追憶、郷愁、つまりノスタルジーが表面化します。そこに寄り添う音楽の存在は、控えめながら非常に効果的です。
ここに限らず本作における音楽は、スクリーン上では音楽が鳴っていて観客には聞こえているものの、登場人物たちが実際に耳にしているのではない、という類のものです。これはミシェル・シオンが『映画にとって音とはなにか』(1993年、勁草書房刊)のなかで、映画における音を「オフの音」「インの音」「フレーム外」の3つに大別したうち「オフの音」にあたります。
この「オフの音」としての音楽の多用は、本作における音楽の機能、心象風景を具体化する装置としての側面を際立たせます。