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情景と紐づく環境音、心象風景を描き出す音楽
その「情景」と「主観」の間にあるのが、音・音楽である、というのが私の解釈です。
結論から言うと、この映画における「音楽」の役割はノスタルジーを喚起するトリガーであり、李の「心象風景」そのものなのだと考えます。しかし映像(情景)と音楽(心象風景)は乖離することはありません。約90分にわたって映画的なリアリティーと親密な関係を保持し続ける。
そこで大きな役割を果たしたのが、環境音と言って間違いないです。
波の音や風の音、木々のさざめき、虫の声、雨音、しんしんと降り積もる雪の音、ラジオ、サイレン、踏切の音、空調の音、街の喧騒、扇風機の音……一般的に、こうした音を日常生活で意識的に聴取することは少ないはずですが、本作にはそうした生活上で認知しづらい領域の音までも、かなり意図的に散りばめられています。
観客があたかも李の旅と日々を追体験するように「情景」と「主観」に没入できるのは、本作にさまざまな環境音、生活音が濃密かつ効果的に用いられているからなのかもしれません。

その環境音と対比するように、音楽は機能しています。つまり、音楽は人物の記憶やノスタルジーを補助する役割を担っているのではないかと思うのです。「情景」と紐づく環境音、「主観」と結びついた音楽という構図が見て取れる。
「情景」と紐づき、リアリティーを担保する環境音、「主観」と結びつき、ノスタルジーを喚起する音楽。その双方を映画全体で対比的、構造的に用いることで異化作用が生み出されているのがわかります。