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ジョニー・グリーンウッドの特異な音楽を紐解く「トーンクラスター」という技法
ジョニー・グリーンウッドのキャリアを紐解く最大の鍵となるのは、クシシュトフ・ペンデレツキという音楽家です。そして、今回のサウンドトラックのキーワードとなる「音の密度」、およびそれを用いた作曲スタイルとも深い関わりがあります。
ペンデレツキはポーランドの作曲家。グリーンウッドとは2012年にコラボレーションアルバムを発表しています。ペンデレツキは個々の音や和声ではなく、音の「質感」や「群れ」そのものを構築要素にし、弦楽器のトーンクラスター(密集した音の塊)、ノイズ的サウンドなどを精密に譜面化した現代音楽のパイオニアのひとりです。
グリーンウッドの音楽の根幹、そして本作の映画音楽を理解する上で、「トーンクラスター」は重要な手法です。『ワン・バトル・アフター・アナザー』の冒頭、移民収容センターのシーンで使われるM3“Baktan Cross”には、グリーンウッドのペンデレツキからの影響が顕著に表れています。
ここで、ムクドリの群れを想像してください。無数の個体が群れをなし、1匹1匹が集合・離散しながら塊となって空を飛び回る……そうした様子さながらに、オーケストラの一つひとつの音を粒子のように捉え、メロディーやハーモニーといった形式的なものとしてではなく、「物理的な要素」、あるいは「点と線」として音を「彫刻」のように扱い、音響空間をデザインするのがトーンクラスターという技法です。
トーンクラスターを用いたペンデレツキの楽曲の多くは、調性も旋律もほぼなく、純粋なテクスチャーの流動で構成されています。まさに、ペンデレツキは音を空間的存在として扱っているわけです。
しかし、グリーンウッドはこの技法をそのまま本作の映画音楽に導入したわけではありません。グリーンウッドは音響空間に、映画の登場人物の心理的要素を加えることでトーンクラスターを援用した、というのが私の解釈です。