日本のドラマとして初めて総合診療医を主人公とした『19番目のカルテ』(TBS系)が最終話を迎える。
医療ドラマとして各専門分野における専門医たちの活躍を描くだけでなく、病院と街の関係、そして、退院した後の患者たちと医者の関係まで描いてきた本作。
松本潤演じる主人公・徳重晃と田中泯演じる徳重の恩師・赤池登、そして、徳重と「弟子」たる滝野みずきの関係と継承、滝野の成長もドラマとしての大きな魅力だった。
最終話を前に「終末期医療」を通して「生きる」ことを描く本作の最終章について、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
松本潤、田中泯の力と物語の力が呼応した出色の場面

日曜劇場『19番目のカルテ』(TBS系)は「医療ドラマ」を通して人を描き、町全体を描く。さらには視点を宇宙全体にまで広げて、土に、海に、空に、魂が宿ることを教えてくれる。全8話という連続ドラマとしてはコンパクトな作りながら、視聴者の記憶にしっかりと残る作品となるだろう。
第7話における、松本潤演じる主人公・徳重晃と、田中泯演じる徳重の恩師・赤池登による、海を前にした対話は圧巻だった。2人は、互いの周りを回るようにぐるぐると歩きながら会話をする。それは、まるで彼らが、赤池が言うところの「何から何までがまざる」すべてがまるくて広い、地球全体の一部になろうとしているようだった。2人の俳優が対峙する。言葉を交わし合う。その思わず息が詰まるほどの緊張感。ドラマという枠組を超え、人間と人間だけがそこにいるように思えた。演者の力と、富士屋カツヒト原作・坪田文脚本による物語の力が互いに呼応し合ってこそできた、出色の場面だった。
INDEX
オープニングの変化に見る滝野の自立

本作が、殊更丁寧に師弟関係を描いてきたのは、「継承」が1つのテーマでもあるからだろう。最終回前の最終章前後編となった第6・7話は、終末期医療と向き合う2組の師弟、つまりは総合診療医・徳重晃と「弟子」滝野みずき(小芝風花)、そして徳重の師匠である赤池と徳重の物語だった。そして、滝野の成長譚でもある。
第6話の冒頭で滝野は、「なんでも治せるお医者さん」になりたくて医者を志したと語った。そんな彼女は、肺がんステージⅣと診断された半田辰(石橋蓮司)を担当することになり、治すことができない彼の限られた「これから」に向き合う。
そして、第7話は、滝野の自立の回だった。前半を振り返った記事で解説したように、本作はタイトルが表示されるオープニングショットには、その回でフィーチャーされる人物が映し出される。そのオープニングで、普段は徳重が座っている総合診療科診察室の椅子に滝野が座り、一方の徳重は少し離れたところに立っていることが示すように、第7話では不在の徳重に成り代わって、彼女が総合診療科を動かしていった。周囲の医者たちとの連携を深めつつ、患者・小田井(マギー)の抱えている悩みときちんと向き合う、滝野の迷いのない姿からは、彼女の成長を見て取ることができた。
INDEX
「街と医療」を描くドラマを象徴する第6話

本作のユニークなところは、「医療ドラマ」にも関わらず、病院の外の世界がしばしば登場する点だ。それは、第1話の終盤、診療室の窓からの景色を見た滝野が「病院から出たら、分かれた世界だと思っていました。でも違うんですね。つなががってる」と言う場面から始まっている。
先天性の病気を抱えている弟の影に隠れていた兄・拓(杉田雷麟)の孤独を扱った第2話では、医療ソーシャルワーカー・苅谷(藤井隆)との連携が描かれた。第3話では、徳重と赤池が「街と会話」しながら歩くために、寄り道が多く、なかなか目的地に辿りつけないことに呆れる滝野の姿が描かれている。
第1話で患者だった横吹(六平直政)は、その後も滝野たちの行きつけの居酒屋の店主として医者たちの葛藤を見守っている。そして、街の住民の1人として、友人である半田辰の病気と向き合う。「街の大工」でもあった辰の死を描いた第6話は、そんな「街と医療」を描いた本作を象徴するような回となった。
在宅ケアを望む辰の家に、担当となった滝野と徳重が刈谷の車で向かう場面。険しい坂の上にある家に向かう車と、街の光景が俯瞰で映し出される。刈谷が、高齢者が多い街の現状を解説する。その後、辰は優秀な大工であり、彼がこの街の多くの家を建てたことが明かされる。辰にアトリエを案内され、滝野は、彼が作った家々の模型を見せてもらう。辰はそれを見渡しながら、単に自分の作った家の話だけをするのでなく、街全体の話をする。「ここは地盤がゆるくてね、だから杭を深く打ち込んで」「柱の位置も、南からの風が吹き抜けるようにちょっとずつ、ずらしてあるんですよ」。
INDEX
街と大工の関係と重なって見える、総合診療医の姿

大工である彼は、地域の人たちの家を作ると同時に、街全体を見つめていたのである。そして、家を建てたら終わりではなく、模型を通して家々を見渡し、その後の手入れを怠らない。街の至るところに彼が作り、愛した家があり、人がいる。だから、彼が亡くなった後、滝野は坂の上で街を見つめながら「でも辰さんはいるんです。この街のいろんな場所に。私の中にも」と言う。
その街と大工の関係は、患者たちと総合診療医の姿とどこか重なるものがあった。第2話で徳重が「最初から最後まで、患者さんのこれまでもこれからも全てを診たい」と願い、青年・拓のその後を気にかけたように、患者を診るだけでなく、「一歩引いて、マクロの視点で」その人生を見る。言葉にならないままだった、本人すら気づいていなかった心の声を聞く。さらに言えば、「街との会話」をし始めたら止まらない徳重は、患者だけでなく街そのものを「診て」もいるのかもしれない。
第7話で師匠・赤池の住む離島に「帰った」徳重は、「若先生」としてかつて診た患者たちと言葉を交わすが、患者1人1人の持病を忘れていない彼は、離れた場所に住んでいても患者の「これから」を常に案じている。赤池と島の人々の関係もまた、大工である辰と街の人々との関係に近いものがあるように感じた。そして、第6話が描いた街の大工の死と消えない思いは、そのまま、総合診療医のこれまでとこれからに重なってもいるのである。
INDEX
最終話、赤池が身をもって徳重と滝野に送る命の授業

赤池が滝野に送ったノートの「終末期医療」と書かれた空白の1ページこそが、本作が最後の3話を使って描こうとしたものだろう。総合診療科をテーマにした本作は、死と向き合うことを通して「生きる」ことそのものを描く。徳重は、病に倒れた恩師・赤池と対峙することで何を思うのか。また、赤池は自分の身をもって弟子たちに何を伝えようとしているのか。最終話、命の授業が始まろうとしている。
日曜劇場『19番目のカルテ』

TBS系にて毎週日曜よる9時から放送中
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/19karte_tbs/