日芸映画祭『はたらく×ジェンダー』が12月6日(土)から12日(金)まで、東京・渋谷のユーロスペースで開催される。
2011年度に始まり今回で15回目となる日芸映画祭は、現役の日本大学芸術学部映画学科の学生が主催するイベント。今回は、働く人々がジェンダー問題に直面する作品を通して、観客と共に考えることを目的とし、「はたらく×ジェンダー」をテーマに掲げている。
同映画祭では、韓国の『下女』、ドイツの『マリア・ブラウンの結婚』、イギリスの『この自由な世界で』、フランスの『未来よ こんにちは』など、海外の権利元と直接交渉を行った4作品を含む、古今東西の作品16本が上映される。また、一部作品では上映後にゲストを招いたトークイベントも予定されている。
ジェンダーとは「社会的‧⽂化的に形成される性差」とも説明される概念ですが、しばしばそれは、⽇常の様々な場⾯で、⼀⾒それとはわからない形で出くわしたりします。あからさまな性差別やジェンダー不平等に関しては是正しようという動きになっているかもしれませんが、構造や⾵習、役割分担、ちょっとした声かけなど、様々なものの中に根深く染みついているのがジェンダー問題だと思います。そういうものをリアルに描き出すためにはフィクションの⼒が必要で、映画を通して「はたらく×ジェンダー」について考えるというのは素晴らしい試みだと感じました。⽇⼤の付属校で中⾼6年を過ごした⾃分としても、今年の⽇芸映画祭を応援しています。
清⽥隆之(⽂筆家・「桃⼭商事」代表)
私は働き始めてから、⾃⾝が⼥性という性別ゆえに価値を持つ存在であることを知りました。「おじさんの着ぐるみをくれ」と思いました。つまり最も覇権的な視者の⾝体を持てば、⾒た⽬を云々される⽴場から⾃由になれるだろうと当時は考えたのです。
⼩島慶⼦(エッセイスト・メディアパーソナリティ)
「⼥はこう、男はこう」というジェンダーイメージは、多分に視覚的なものです。同質性の⾼い男性集団の内輪のルールで回る⽇本の職場では、⼥性は異性愛の対象として値踏みされ、シスジェンダー/ヘテロセクシュアル男性以外の男性は嘲笑され排除されます。少数者はマジョリティに同化するために⼼⾝をすり減らして過剰適応し、マジョリティに分類されている⼈々もまた、典型的な「働く男」の鋳型に我が⾝をはめる。⼀体、誰の眼差しが標準化され、規範となってきたのでしょうか。映画は眼差しの権⼒そのものでもありますが、多くの作品を⾒ることはきっと考えを深める貴重な機会になるでしょう。
労働とジェンダー、特に⼥性労働者の直⾯する苦難について歴史的視点を持って考えることができる貴重な映画祭だと思います。1933年〜2022年まで90年間の⻑期にわたり、映画は「はたらくこと」と「ジェンダー」の課題をいかに描いてきたでしょうか。
治部れんげ(東京科学⼤学准教授)
この90年間に⽇本⼥性を取り巻く状況は⼤きく変わりました。⽇本国憲法は性別によらず法のもとの平等を規定しており、今では⼥性も当然のように政治参加できます。様々な法律は仕事に関わる⼥性差別を禁じており、管理職などに⼥性を登⽤することを求めています。出産‧育児をしながら働くことも当たり前になり、男性の育児休業取得が増えています。映画祭で上映される作品には、こうした変化がどのように描かれているでしょうか。他の国において労働とジェンダーはどのように表現されているでしょうか。⾒た後で⾝近な⼈と話をしてみて下さい。
ジェンダーという⾔葉は世に浸透してきたが、本当に理解している⼈は驚くほど少ない。更に残念なことに⼀部の⼈は何かを知らぬことを恥じるくせに、知るきっかけを拒む。無知である⾃分ごと背を向けて⾃⾝が誰かを傷つける側にまわっていることにすら気づかない。そういう意味でエンタメは現代に蔓延る問題を⾃然と社会に浸透させる1番の⽅法だし使命だと思う。「そういうの観たくない(作りたくない)」という⾔葉を発しそうになったならば「そういうの」という⾔葉にどれだけの暴⼒性や差別性が含まれているのか、どうか背を向けずに考えてみてほしい。
吉⽥恵⾥⾹(脚本家・⼩説家)
日芸映画祭『はたらく×ジェンダー』

『君と別れて』(1933/成瀬⺒喜男)
今年、⽣誕120年でもある成瀬監督初の⻑編オリジナルシナリオであり、出世作。国⽴映画アーカイブ所蔵の貴重なフィルムを、活弁と三味線付きで上映。
『浪華悲歌』(1936/溝⼝健⼆)
同年の『祇園の姉妹』と共に、⼥性映画の巨匠と呼ばれた溝⼝健⼆監督の戦前期における代表作。主演⼭⽥五⼗鈴が演技派⼥優としての才能を開花させたと⾔われる作品。
『私たちはこんなに働いてゐる』(1945/⽔⽊荘也)
海軍⾐料廠の⼥⼦挺⾝隊を圧倒的な熱量で映し出した国策映画。沖縄戦終結後の1945年6⽉に公開された国⽴映画アーカイブ所蔵の映像を上映。
『巨⼈と玩具』(1958/増村保造)
開⾼健の同名⼩説を、増村保造監督によって映像化した増村監督初期の傑作。⾼度経済成⻑期の企業社会の労働と消費を描いた⽇本映画の異⾊作。
『下⼥』(1960/キム‧ギヨン)
実際に起きた下⼥による幼児殺害事件をモチーフにした作品。『パラサイト 半地下の家族』にも影響を与えたとされる、韓国映画最⼤の⿁才‧⾦綺泳監督の代表作であり韓国映画史の傑作。
『その場所に⼥ありて』(1962/鈴⽊英夫)
⾼度成⻑期の東京、広告代理店でたくましく働く⼥性の姿を描いた鈴⽊英夫監督の代表作。1962年サンパウロ国際映画祭審査員特別賞受賞。
『にっぽん戦後史 マダムおんぼろの⽣活』(1970/今村昌平)
カンヌで2度最⾼賞を受賞した今村昌平監督による、戦後⽇本でバーを営み、したたかに⽣き抜く⼥性たちの25年間を記録したドキュメンタリー映画。
『ジャンヌ‧ディエルマン ブリュッセル1080,コメルス河畔通り23番地』(1975/シャンタル‧アケルマン)
売春をする主婦の⽇常を⻑尺で映し出すアケルマン監督の代表作。2022年には英誌『Sight & Sound』の「史上最⾼の映画」批評家票で第1位に選出された。
『インタビュアー』(1978/ラナ‧ゴゴベリゼ)
戦後のジョージア映画の巨匠の⼀⼈、ラナ‧ゴゴベリゼ監督の佳作。ジョージア初のフェミニズム映画ともいわれ、ソヴィエト連邦国家賞、1979年サンレモ国際映画祭でグランプリ受賞。
『マリア‧ブラウンの結婚』(1978/ライナー‧ヴェルナー‧ファスビンダー)
ニュー‧ジャーマン‧シネマを牽引したファスビンダー監督の代表作。主演のハンナ‧シグラは第29回ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞。
『あゝ野⻨峠』(1979/ ⼭本薩夫)
1968年に⼀⼤ベストセラーとなった⼭本茂実の同名⼩説を、監督‧⼭本薩夫、主演‧⼤⽵しのぶで映像化。信州の製⽷⼯場で働く⼥⼯達を描き、邦画興⾏収⼊第2位、⽇本アカデミー賞最優秀⾳楽賞受賞。
『この⾃由な世界で』(2008/ケン‧ローチ)
カンヌ国際映画祭でパルムドールを⼆度受賞したイギリスの名匠ケン‧ローチ監督が、働くシングルマザーとイギリスの抱える社会問題を描く社会派作品。ヴェネツィア国際映画祭で脚本賞を受賞。
『未来よ こんにちは』(2016/ミア‧ハンセン=ラブ)
エリック‧ロメール監督の後継者と称されるミア‧ハンセン=ラブ監督が中年の⼥性哲学教授(イザベル‧ユペール)が静かに⼈⽣を再構築していく⽇常を描く。第66回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞。
『82年⽣まれ、キム‧ジヨン』(2020/キム‧ドヨン)
⽇本でもベストセラーを記録した同名⼩説を、⼥優出⾝のキム‧ドヨンが繊細な演出で映像化。育児をしながら再就職への道のりを模索する⼥性を描いた、⻑編デビュー作。第56回⼤鐘賞映画祭で主演⼥優賞を受賞。
『ある職場』(2020/船橋淳)
ホテル勤務の⼥性が上司からセクハラを受けた実際の事件を基に、後⽇談を描いた衝撃作。2020年東京国際映画祭コンペティション部⾨に選出。翌年⽇芸映画祭でプレミア上映。
『映画はアリスから始まった』(2022/パメラ‧B‧グリーン)
映画史から「忘れられた」世界初の⼥性映画監督、アリス‧ギィ=ブラシェの功績を現代に甦らせるドキュメンタリー作品。第71回カンヌ国際映画祭正式出品、第15回バンクーバー国際⼥性映画祭最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞。
トークゲスト
『下⼥』(1960/キム‧ギヨン)★⽯坂健治(東京国際映画祭シニア‧プログラマー)
『ジャンヌ‧ディエルマン ブリュッセル1080,コメルス河畔通り23番地』(1975/シャンタル‧アケルマン)★⻫藤綾⼦(明治学院⼤学教員‧映画研究者)
『マリア‧ブラウンの結婚』(1979/ライナー‧ヴェルナー‧ファスビンダー)★渋⾕哲也(⽇本⼤学⽂理学部教授‧ドイツ映画研究)
『ある職場』(2020/船橋淳)★舩橋淳(監督)、平井早紀(主演)
『82年⽣まれ、キム‧ジヨン』(2020/キム‧ドヨン)★伊東順⼦(ジャーナリスト)
『インタビュアー』(1978/ラナ‧ゴゴベリゼ)★はらだたけひで(画家‧ジョージア映画祭主宰)
『未来よ こんにちは』(2016/ミア‧ハンセン=ラブ)∕『この⾃由な世界で』(2008/ケン‧ローチ)★古賀太(⽇本⼤学芸術学部映画学科教授)
『その場所に⼥ありて』(1962/鈴⽊英夫)∕『巨⼈と玩具』(1958/増村保造)★志村三代⼦(⽇本⼤学芸術学部映画学科教授)
『君と別れて』(1933/成瀬⺒喜男)★⼭内菜々⼦(活動写真弁⼠)、宮澤やすみ(三味線)